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2016年7月21日(木) 『バークリー音楽学院あるいは秋吉敏子の生き方』

今週は、マイルスデイビスが、ポスト・ハードバップとして新しいジャズに挑んだ、カインド・オブ・ブルーから、So what を聞きましょう。

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今週のエッセー

ジャズに捧げる10章 その8

「バークリー音楽学院あるいは秋吉敏子の生き方」

 
今回はジャズのメッカと言うべき音楽学校の話題ですが、その前に。

私は、ロックがアートロックとかニューロックとかの名前で登場した1960年代後半に学生時代を過ごしロックを聴き続け、1970年代にはロックミュージックが、クラシック音楽やジャズと並んで大きな音楽カテゴリーを形成すると信じて聴き続けました。

ロックミュージックは、ブルースに音楽理論の基礎を置き、ブリティシュロックやアメリカ南部の明るいロックと多様に展開し発展しました。

しかし、プログレッシブロックという名前などで新展開を求めたロックも、商業的規模を求めることが目的の、純粋に音楽を極めるためではない人達によって時代のメッセージを伝えるだけのものとなり、その役目は終えたように思えます。
と、言うよりも、ロックミュージックにはジャズやクラシック音楽のように、純粋に音楽理論での展開や、それを学ぶための場がなかったのではないか、それが現在のロックミュージックの貧しい部分なのだと思うようになりました。

今日はジャズの話をしているのにロックの話から初めて恐縮です。

ジャズの魅力の大きなものは、単に商業主義の人達に利用されてしまう以外の魅力があって、そのことが、音楽としては、クラシック音楽と同じ高みで論じることができる音楽なのだ、と言いたいわけです。

ジャズをみると、その人気には時代的な浮き沈みがありながらも、音楽理論的に新しい展開をしながら螺旋階段を登るように上昇していると思います。

初期のブルースからスイングなどダンス音楽を経て、ミュージシャンがステージでアドリブを競いあったバップが訪れ、それがハードバップとなりご機嫌なファンキージャズを生み、その熱を冷ますようにマイルスデイビスがスローなクールジャズを始めました。

そして彼は和音をもっと自由に使うモードジャズでもカインド・オブ・ブルーなどで追求したのでした。(今週の音楽はここからのものです)

私のジャズのイメージは、薄暗い紫煙立ち込めるクラブで演奏されるものです。(実際、ジャズのジャケットにはタバコを吸っているアーティストが載っていて、ずいぶん昔に禁煙した私も、喫煙の誘惑を感じる時があり困っている)

マイルスデイビスに始まり、ジャズマンにドラッグの世界は隣り合わせで、マイルスも溺れて何回も立ち直りに苦労しているのです。

そのような、一見自堕落な部分のあるジャズメンにも、音楽学校という基礎があるから、ジャズは発展し、また未来も期待できる、と思うのです。

ジャズはある時期からアメリカにジャズを体系的に教える学校ができ、そのことで音楽理論体系としてのジャズが明確になり、その人気に浮き沈みがあっても新しい理論に基づくジャズが起こり、発展してきました。

それが、1945年にできたバークリー音楽院です。

ロックは、はやり歌的なポップスから入ったミュージシャンが、レコードメーカーなどの力で人気をとり育っていくパターンが多いのですが、ジャズの場合は、音楽学校を経由してプロになります。

マイルスデイビスはジュリアード音楽院を、クリフォードブラウンはメリーランド州立大音楽科を出ています。(マイルスは中退)

バークリー音楽院にはジャズ・ポップスにも活躍したクイシージョーンズがいます。

アメリカ文化の偉大なところは、何事も体系化することにあって、現代の最先端の音楽教育はアメリカの二つの学校によってなされています。

一つは、マイルスも出てクラシック音楽に強いジュリアード音楽院、もう一つは特にジャズを体系化し、育んできたバークリー音楽院です。

日本のジャズの草分け秋吉敏子もバークリー音楽院をでています。

彼女は中国満州の出身で戦争引揚者です。ピアノを習い帰国してクラブでジャズを演奏していた彼女は1953年オスカーピーターソンの勧めでレコード録音をし、そういった来日ジャズマンの支援でバークリー音楽院の奨学生となりニューヨークでの学生時代にデビューしています。

彼女の功績は、自身が卒業した後、日本のジャズを育てるために渡辺貞夫をやはりバークリー音楽院に入れ、その後は菊池雅章、小曽根真、上原ひとみへと続く日本のジャズの歴史を作ったことです。

もちろん、秋吉敏子以前にもジャズマンは日本にいました。

秋吉敏子と一緒に、渡米前の彼女がセッションをした守安祥太郎という人は、ピアノの名手でしたが、身辺の不幸に耐えられず自死に至ります。

スイングジャズも日本の戦後のクラブでダンス用に流行りました。

守安祥太郎もスイングジャズも、今の音楽シーンで語られることはありません。

一方、秋吉敏子、渡辺貞夫のジャズは忘れられることなく、大きな体系の中で語られるでしょう。

バークリー音楽院だけがその体系だとは思いませんが、どこから来た何者であるか、ということはどこに世界でも、大事だと思います。

(敬称略)

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