"音"で世界の人を幸せにする!

サウンドファンは音のバリアフリー実現のミライスピーカーや現代のコンフォートオーディオを通じて
皆様の幸せのお役に立ちたいと願っております!

2017年1月12日(木) 『佐藤社長インタビュー』

今週の音楽

今週は、TOTOの「アフリカ」を聞きましょう。

🎵 🎵 🎵 🎵 🎵 🎵 🎵 🎵

今週のエッセイ

佐藤社長インタビュー

 

今週から、当社サウンドファンの佐藤社長のインタビュー記事を掲載していきます。

サウンドファンは創業3年の若い会社ですが、毎年人が増えオフィスも毎年変わるほどに、飛躍的な躍進を遂げています。
初期は消費者個人を相手に始まり、次に金融機関を中心にBtoBの取引が始まり、広がりを見せています。次は世界を目指せるかな、と言うところまで来ました。

今回、佐藤社長への1時間のインタビューの記録を終えて読み返すと、一つ一つの言葉に佐藤社長のビジネスマン人生と個人事業主としての豊かな経験が感じられました。
いままでのインタビュー記事より深く、「どうしてそうなったか」に迫ることができました。

世の中で成功したベンチャー企業の社長さんは、「一番楽しかったのはスリルはあったけど会社の立ち上がりの時期だ!」と言います。

サウンドファンはまさに、今その時期にあり、それ故に資金繰りを始め様々な難問に取り組まれているわけですが、だからこそその「剣が峰に立っている」ことの緊張感と「剣が峰から見える会社と社会の状況」を把握している、ことが読み取れました。

トップマネージメントとしてのご自身がどの様なキャラクターで、自分のリーダーシップはどうなのか、ということもきちっと把握されて話されました。

インタビューの掲載は、

・プロフィール
・音楽への造詣
・ミライスピーカとの出会いと、サウンドファン社創設時のコミニュケーション
・経営戦略と展望

などを、本エッセイ誌上で数回お届けしようと思います。

佐藤社長の言葉の端々から、いろんなことを読み取って頂ければと思います。

(以下、インタビュー)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
<佐藤社長インタビュー>

img_abt_02

●その1 生い立ち、プロフィールなど

萩原: 
今日はよろしくお願いします。
佐藤社長はいろんなところで紹介されていて、幾つか読んできたのですが、今日は一歩踏み込んだところで聞かせていただきたいと思います。
まず、プロフイールから聞かせてください。
過去のインタビュー記事でも、小さい頃から「人と同じことをするのが嫌い」とありましたが、具体的にはどんな感じなんでしょうか。

佐藤社長:
いちばん小さい頃は、家にある、虎の子、という感じで買ってきたものなどを、時計とかラジオとか私が全部バラして組み立てられずに泣いていたとか、プラモデルを作り始めたら出来上がるまでご飯も食べずに続けていたなどです。
小学校の頃は、自転車なんですが、皆んながセミドロップタイプに乗っていたのを、自分だけは今のマウンテンバイクと同じような(ストレートハンドルの)自転車で、フラッシャーやストップライトなどつけたり自分でいろいろ改造したり、とかしてました。1967年くらいの事です。

中学一年の時はLL教材*1でラジカセなどがまだなかった頃にソニーの業務用のFMマイク買ってきてまだ無線なんてまったく一般的でない頃にDJごっこやっていたりとかしてました。 (*1 LL教材とは語学学習用のテープ録音を使ったもの)1968年くらい。

萩原:
そんなふうにDJごっこやるような友達もいたんですね。

佐藤社長:
いたんです、いたんです(笑)そして小さい時からピアノとかやっていて絶対音感とかあるのですが(今は移動ド)ドラムも今でも週末はお店で叩いています(笑)
大学時代は夜は5年間自分だけが学生で回りは職業人でいわゆる”ハコ”と呼ばれる決まったお店で毎晩演奏をして給料をもらっていました(笑)最初はビヤガーデンとかサパークラブでしたが最後はディスコとかで叩いていました。民主主義のバンドで1970年代なんですがきちんと公平に毎月15万円いただいてました(笑)

そんな時にウオークマンが出る2年前にはAIWAの小さなラジカセを肩にかけてオーケストラで使う耳かけ式のイヤホンで音楽を聴きながら学校に行くなんてライフスタイルを送っていましたよ。新しいことをやるのが好きなんです。

萩原:
何人兄弟なんですか。

佐藤社長:
二人で妹だけです。二人兄弟の兄です。

萩原:
私なんか周りの人と同じにしなさい、みたいなこと言われて育ってきたんで、そのあたりの感覚はずいぶん違いますね。

佐藤社長:
でも親は、人と違うことやりなさい、何てことは全くなくて、ただ昔から天邪鬼だっただけなんです。幼稚園でもたまたま最初にトイレに行ってみんなが集まった一番最初に先生がそれではお手洗いを案内しますね、と言ってももう1回行って知っているから行かないと言って泣いていたような子供だったそうです(笑)嫌な子ですよね(笑)

萩原:
立ち入った話で恐縮ですが、経済的にはどうだったんですか。

佐藤社長:
そうですね。父親が八幡製鉄所に勤めていて、住んでいたのは、すごく貧乏な長屋だったん ですが、父親が1963年から2年半単身赴任していたのです。(ブラジルへ新しい製鉄所の立ち上げで)
1963年の頃なんてほとんど海外赴任なんてなかったんです。日本で給料もらっていて、それよりも多い給料をブラジルでもらっていて、要は普通の家の2.5倍くらいもらっていた。それで父親が使わずに貯金して戻ってきた、と言うことで少し裕福で、小学校6年の時に、電子レンジとか車とか、カラーテレビがありました。1968年くらいですね。他の社員はブラジルで結構別のコトに入れあげて(笑)一緒に住む家建てたりしてw貯金がまったく出来なかった。なんてたくさんあったそうですよ(笑)

萩原:
出身が北九州と言うことですね。

佐藤社長:
八幡です。九州の人って活気がある、明るくて前向きという印象ですね。北九州のあの地帯は、瀬戸内海の広島辺りから続いている経済の活気のあるとこですよね。 博多から来た人は歌手とか芸能関係の人多いですね。今は北九州は寂れて福岡の方が活気がありますが当時は違っていました。

萩原:
佐藤社長も基本的に明るい性格で、やっぱりそうかな、と思いました。ご自身でそういうこと意識されたことありますか。

佐藤社長:
(八幡の後父親の転勤で)千葉県君津に来たんですが、何もしなくても成績上がりました。北九州の方が都会で進んでいたところありました。で貧乏長屋だったんですが、親父が帰ってきてからまあまあ裕福になりましたので、アパートで、新しいアパートで小学校の二年生の時にもう水洗トイレだったんです。1963年で、小学校の5年の時には洋式トイレでウオッシュレットも早かったし、電化生活は、親父が向こうで(ブラジルで)車に乗ってライフルでワニ撃ってたそうでハイカラで進んでいました(笑)。ボーリングとかも5年生の1966年くらいの早くからやってました。ボーリングは結構上手くて富士ゼロックスの全国大会で1万5千人の中で2ゲームトータル422点でぶっちぎりで優勝したこともあります。優勝商品は500円のテレカ2枚だけでしたけど(笑)

萩原:
私も九州へは何回か仕事で行ってるんですが、行くたびに宴会で歓迎してくれて皆んなで楽しくやるのが好きですね。

佐藤社長:
血液型はB型なんですが結構スポーツ選手や芸術家とか多いですね。周りからはB型は変だと言われるのですが(笑)結構B型の人間は自分の血液型は実は気に入ってたりするんですよね(笑)

萩原:
やっぱり血液型に関して意識することありますか。

佐藤社長:
スポーツ選手特に野球選手ってB型とかO型が血液型の割合以上にメジャー挑戦する人が多いですし年上の奥さんもらってる人も多いですよね。うちの女房も5つ年上なんです。千葉県人ですが(笑)

萩原:
私なんかとは逆ですね。私はAB型で7つ年下女房です。プロフィールから入ったところで本題に入っていいですか。社長さんて皆んなを引っ張っていかなければいけないじゃないですか。そのあたりどう感じていますか。

佐藤社長:
社長って、最初から社長やりたいって感じの人(いますよね。)自分は社長やろうってなんてまったく思ってなくて、たまたま会社作って最初は会社ごっこやってるみたいで、社長って言われると気恥ずかしかったんですが、でもやっぱり売り上げがなくてキャッシュアウトしそうで潰れる!とかそんなんで修羅場みたいの何回かくぐってくると、だんだんこうイタについてきたかな、という感じなんです(笑)

萩原:
デルコンピューターで営業部長されたということで若い時からリーダーシップとかマネージメントみたいなことを考えていたんでしょうか。

佐藤社長:
いや、そんなことないです。のんびりしてました。

萩原:
でも、のんびりしててもなっちゃった。

佐藤社長:
こう、少しずつ徐々に徐々に、という感じですね。その後2年で本部長になったのですが。。。

萩原:
デルで部長さんになったのは何才ぐらいの時ですか。

佐藤社長:
40歳ですね。

萩原:
そうですか。世の中でいうと少し早めかなという感じですね。

佐藤社長:
そうですかね?外資ですからね。

萩原:
外資というのは肌に合っていたんですね。

佐藤社長:
自分は合っていました。合理的な部分とスピード経営は。

萩原:
物事がはっきりしているとかあるんでしょうか。

佐藤社長:
割とはっきりしていますね。短期で物事が決着つくのが好きですね。せっかちなもんで(笑)

・・・・・次号へ続く・・・・

新着記事一覧

第119回:2017年1月12日(木) 『佐藤社長インタビュー』
第118回:2017年1月5日(木) 『今年はウィーンフィルの音に注目しよう』
第117回:2016年12月29日(木) 『音楽や音の試聴に最適な位置はどこか』
第116回:2016年12月22日(木) 『より良く「聞く」ための技術的検討 2』
第115回:2016年12月15日(木) 『より良く「聞く」ための技術的検討』
第114回:2016年12月8日(木) 『商業施設の音 その2:大人の音』
第113回:2016年12月1日(木) 『商業施設の音 その1:ディズニーランドの音 』
第112回:2016年11月24日(木) 『誰にでもわかりやすく「良い音とは何か」最終回』
第111回:2016年11月17日(木) 『誰にでもわかりやすく「良い音とは何か」4』
第110回:2016年11月10日(木) 『誰にでもわかりやすく「良い音とは何か」3』
第109回:2016年11月3日(木) 『誰にでもわかりやすく「良い音とは何か」2』
第108回:2016年10月27日(木) 『誰にでもわかりやすく「良い音とは何か」』
第107回:2016年10月20日(木) 『女性が輝く平和な時代 』
第106回:2016年10月13日(木) 『女性が社会を変革する 』
第105回:2016年10月6日(木) 『素材が作っている時代の音 ミライスピーカーな音 』
第104回:2016年9月29日(木) 『「ミライスピーカーは、ストラディバリの音のDNAを持っている、という聞き方」その2 その技術的根拠 』
第103回:2016年9月22日(木) 『「ミライスピーカーは、ストラディバリの音のDNAを持っている、という聞き方」その1 』
第102回:2016年9月15日(木) 『カクテルパーティ効果とミライスピーカの音認識効果』
第101回:2016年9月8日(木) 『曲面の効果』
第100回:2016年9月1日(木) 『ミライスピーカーお勧め使用法 「音量そのままで明瞭度アップ」』

代表サトカズが語る

ポコアンプ3のBluetoothの設定の仕方です。とても簡単ですよ♪上の帯のタイトルをクリックすると大きい画面で見れます。

ポコスピーカーSF30H4WC愛称:ホワイトキャンバスの視聴を上げました。

(株)サウンドファンの製品紹介です。ミライスピーカーとポコアンプ3になります。